すきな時代

ミッド・ナイト・イン・パリというウッディアレンの映画を見て思ったことがあった。

僕のすきな時代はいつだろうと。

僕は、聴く音楽や服装、総じた文化はスウィギン60年代が好きで、

これからもそれが軸になっていくんだろうななんて考える。

もちろん知らない時代があるだけで、理解していないこともたくさんある。

ロココ、アールヌーヴォー、ゴシック、そういえば今年ダリ展がある。

 

で、少し前にその時代のリバイバルというか、その時代に憧憬を抱いた若者たちがそのムーブメントを疑似体験しようみたいな「言葉」や「活動」が行われていた。

それは僕の生まれた80年代後半から90年代初頭にかけてのやく10年弱なんだけど、

この時代のそういった「「衝動」」みたいなものにどうも、ひっかかることがある。

それは時代というか国民性も含めてなんだけど、、、。

 

まず服装。これはどうもダサい。バブルです。みたいな胴長の背広にセカンドバック。

 

これは全く受け付けられないのだけど、その時代のドラマや映画など眺めていて随所に出てくる、「間」。僕はその「間」に虚無感を感じるのです。

 

これは口では説明しがたいのですが、映像の断片を馬鹿みたいに語りたいなどとは思わない。やはりここでもぶち当たるのだ。正常感覚ってやつに。しかし、90年代が憧れた60年代、その90年代の中に僕が求めた60年代の感覚があるとしたら、もっと90年代をしる努力をしてもいいのではないのかという気がするのです。

それにもう僕も生まれてはいる年だし、なんとなく信用できるのだ。安心安心。