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MOON CAT

新しい私が目覚めた。

生きている以上誰かと関わらなければならないし、

でないと未来もない。誰が私に「反省」をさせてくれるか、

そんなことを考える時分である。

 

私は、はっきり言って理性を愛さない。

流れる雲のような、

いしころを拾ってあげて。

キロメートルが、マクロに。

にんじんがかぼちゃに。理性が本能に変わりますように。

メリークリスマス?

こんばんわそして、お久しぶりです。

最近パソコンを開いても、ebayや、ヤフオクしか開かなくて滞ってました。

まだ読んでくれてる人いんのかな?

まぁ、いなくてもよしだが。

 

最近は、オーシャンズシリーズの映画に感動しました。

なにがって、バッシャーという爆弾魔の存在にしびれた。

あとはブラピの食事をするシーンが好きです。

 

思えば私は食に関心がなくて、毎日同じものを食べていても平気な人間でした。

そんな私を一般レベル(より、ちょっとまだ下)にグルメにしてくれた、

ブラピに感謝。食べることって大事なんだな。

 

太宰の小説に「お腹が空いた、という感覚がわからない」という一節があるのですが、私はそれを読んだときに、「ハッ」としました。

この「ハッ」は自分もそうだったという感覚です。

逆を言えば私はそれよりも低俗な「お腹が空いた、という感覚」それすらにも気づかない愚鈍な人間だったのです。

私は170㎝の身長ですが、体重が一時48キロになったことがあります。

ちなみに最高は80キロです。

この振れ幅は我ながら奇異だと思います。

 

さてメリークリスマスですけど、皆さんいかがお過ごしですか?

チキン食べてますか?仏教ですか?

 

再度、書きますのでよろしく願います。

 

私より。

ではない、不良の話。

「最近何きいてんの?」

「チャーリーパットン」

「うげ!戦前?」

「そう、だけど安心するんだよね。」

「それって映画ゴーストワールドってこと?」

「まぁ、そういうことでもあるけど、実際なんとも思ってない。」

「ガレージでフリマでもやってみる?センスのいい人がおれらに騙されるかもよ。」

「それやったとこでモノの価値わかってないやつがたくさんするだろ?」

「まぁね。」

「それが嫌なんだよな。」

「まず、客を選ぶよね。売る相手?とか」

「確かに。」

「なんにも知らない人間にそれを売っても価値がわからないからね。」

「そのまま押し入れなんてこともあるだろうし。」

「服装、言動、雰囲気含め、おめーにはこのレコードを売れないなんてことになるだろうしね。」

「やっぱセンスか。」

「消毒されていないアールブリュット。」

「それって女?」

「まぁね。」

「聴くにもこだわり、売るにもこだわりって?商売ではないよね。」

「まぁ、それはそうでしょ。」

「そうか、」

「やっぱ、君は日常生活のプライドがあるみたいだね。

 来るモノ拒まず、去る者追わずじゃなかったの?」

「それは前提。大前提にあるのは、まず売る人が信用できるかってこと。」

「それはわかるけど、そんな人間いるの?」

「探せばいるさ。リタ チャオ(凌 雲)を死に物狂いで探してみつけただろ?」

「あれとこれとは話は別だな。」

「まとめようとして失敗したわ。お互い、死んでも死にきれない人生の最中にいるってことでいい?もう眠いんだよね。」

「わかった。ガレージやるにしても、なんらかのアクションは必要だと思う。で、某 倉庫でレコードまとめ売りの話があるんだけど。」

「え!⚪︎⚪︎氏、遂に死んだ!?’(有名なコレクター)それはいく。」

「まぁじゃあまた連絡するよ。詳細はその時に。ではまた。」

「じゃあ連絡待ってる。では。」

 

 

という会話。なんだか泣けてきます。

研究

「日常生活のプライドにこだわっていてはいけないな。」

肩の力を落として深呼吸なんかをしている。

意識とか無意識とか結構考えてたけど、

人間無意識の瞬間が多くて、そっちのがうまくいく場合もある。

けど、それをしすぎると何もかもが中途半端になってしまう。

目的地ってのは必要なんだってさ。

バランスかい?

 

過剰にならないように、ひとつずつ潰していくしかないのでしょう。。

 

閑話休題

 

音楽はチャックベリーをなんとなくかけてみる。

普段はあまり聴かないぶんうまくきけている。

あとはノーザンソウルでしょう。

 

 

www.youtube.com

 

 

(以下抜粋)

ノーザン・ソウルとは、
60年代後半頃にイギリスの北部、
マンチェスター周辺のクラブで好まれていたソウルのこと。

時期的にはロンドンで起こったモッズ・ムーヴメントが
ピークを迎えブームとして終わりつつあった1966年以降の事。

レアなソウル・ナンバーでクラブで踊るというようなモッズ文化が、
そのまま北部に継承されたような感じがノーザン・ソウルにはあります。

ちなみに、R&Bダンス・サウンドがより洗練しスマートになった、
モータウン・レーベルやカーティス・メイフィールドの拠点が
デトロイトやシカゴといったアメリカ北部にあることから、
これらもまたノーザン・ソウルと呼ばれる事もあるらしい。

アメリカ南部のサザン・ソウルというのもあったりする。

イギリスで呼ばれるノーザン・ソウルというものには、
アメリカ北部、南部のレーベルはこだわらずに
ノーザン・ソウルとされるようですが、
このノーザン・ソウルというものが
イギリス北部のクラブDJが好んだソウル・ナンバーという
個人的なセンスによることから
どういうサウンドがノーザン・ソウルか?という定義は曖昧です。

ノーザン・ソウルで共通するのは、
クラブで躍るためのグルーヴを持つ
レアな7インチ・シングルを中心としたダンス・ナンバー。

ノーザン・ソウルDJ達は競って希少でクールなシングル曲を探し出し、
客を唸らせるコトに情熱を注いだらしい。

レアで客にウケるダンス・ナンバーは
ノーザン・ソウルDJにとっては企業秘密。
それらのレア曲を他のDJに真似されないよう、
誰のなんという曲なのかも、極力、隠すようにしていたとか。

 

抜粋もしくは死んだモッズ族、アナーキストへ

ある本からの引用句なのです。

 

「そうだ、俺はこの世には、ありふれた粗暴な快楽のほかに、もっと微妙な快楽もあることを教えられた。粗暴な快楽が純粋でないのは、その快楽が「必要とされている」からであり、別の微妙な快楽は、不必要なだけに純粋なのだ。」

 

人との違いを考えるときにこの一説の「微妙な快楽の純粋さ」に惹かれます。

私はこの文を書いた人間よりも劣っているので、それが、何かを探すことに人生の浪費をし続けるでしょう。

 

写真なんかを撮っているときに欲についての作品。物欲、支配欲、あとは食欲、睡眠欲、性欲。けどまだ自分のなかで「それで?」とか考えたり。

 

ここで私が声を大にして言いたいことがあります。

それは、「メディアとは無関係の快楽があっていいのでは」と一説を設けているのです。

 

最近自分が自分でわかりません。

明日はメガネを新調します。

上記の話はまだ改善の余地ありです。