ある日のはなし3

「気がついた?」椅子の後ろ側からリルの声がした。「なんでこんな事を?」私は強く訴えかけた。幸いにも目と口の自由は奪われていなかった。

「いいから、私の言う通りにして。今からルームにいる現実へ行くべきあなたをここへ連れてくるわ。本来、人間は生まれ落ちた瞬間に魂は全て、このルームに来るハズなの。しかし、現実で君は睡眠してる最中に偶然にもルームにきてしまったの。無意識と魂はとても近い存在なの。そこで、君は魂と肉体の同化をしてしまったの。魂といっても、量子レベルでは肉体と交じり合う事は可能なの。」

項垂れながら「僕にはわからない」と言った。こんな訳のわからない女に付き合ったばかりに、こんな目に遭うなんて。僕は過去を後悔した。

「とにかく、現実に居る時にあなたは無意識を愛していたのよ。社会には社会のルールがあるでしょ?植物と人間の会話はあってはならないものなの。互いに居場所があり、それをお互いで尊重しあうの。それが共存と言うことなの。」アオイは言い切ると、私の正面に立ち目を瞑り集中し始めた。部屋が横に揺れ始めた。アオイから煙がモクモクと立ち上り周辺は真っ白に覆われた。私は煙でむせ返った。

煙がだんだんと一点にまとまり人体の形に象られていった。やがてぐったりとした裸の私が出現した。顔も体もどこをどうとっても私と同一の存在だった。

もう1人の私は呻き声を挙げながら、涎と涙を垂らしながら倒れていた。どうにか立とうと、努力をしているのだが力なく崩れ落ちた。

「これがもう1人のあなたで無意識に準ずるあなたよ。しかし、現実のあなたが観た夢で混じりあってしまい、こっちの世界で意識をもってしまったの。本来あってはいけないものをね。これからあなたたちを1つの存在にして、有意識と無意識に分別するわ。そしたら元の世界に返してあげる。絶望する事はない。」

「元の世界に帰れる!」私はそう思うと幾分か安堵の気持ちを得た。非現実の状況に陥っているからか、自分はこのまま助かる筈が無いと勝手に決めつけていた。

アオイが人体量子化銃をもう1人の私に向けて構えて、発射した。緑色の怪光線が銃口から放たれた。

もう1人の私は呻きに似た悲鳴を上げ、辺りに体液をまき散らした。次第に丸められた粘土のように変化していった。

もう1人の私が丸められた粘土のようにされると、アオイは私に向けて怪光線を放った。私は、次第に丸められた粘土のようにポロポロと細胞が変化していく事を見届けた。

密室空間は、私の細胞で散らかっていた。アオイは私の細胞をコツンと蹴った。ころころと転がり、拘束椅子にぶつかった。

私の意識は不確かではあったが、そこにはあった。まるで全ての思い出や認識が、幻であるように。

アオイは私の体を大雑把に分別しはじめた。それから望む行為をはじめた。「キェッー!」とアオイが叫ぶと、次から次に丸い粘土のような細胞が集合し、まとまっていった。

私の体が構築されていった。そこには快楽が伴った。私は声を上げて己の体が構築されるのを感じた。

アオイは冷たい眼差しで私を確認すると「リンゴだせる?」と尋ねてきた。

私は先ほど練習した要領で、リンゴを望んだ。しかし、いくら念じてもそれが出る事はなかった。

体に異常はみられず、意識はいつも通りあった。アオイが「おめでとう」と言った。私にはそれが何か解らなかった。

「よし、もうすぐ終わるから待ってて。」そして、アオイが再度望むと私の無意識の細胞は、大きな木になった。

アオイの額は汗でいっぱいだった。心なしか目元に疲れがあった。どうやら望むという行為は、体力を使うらしかった。

アオイの望むによって木になった私の無意識の細胞は空中に浮かび、ゆらゆらと密室内を彷徨っていた。

それから、「クワッー!」と絶叫するとアオイの体がピンク色に染まった。

アオイは荒い呼吸をしながら「やっと一緒になれるね。今までありがとう、じゃあね。」とだけ言い、空間に昇華されるように消え入った。

それと同時に、密室空間が無くなり、真っ白い空間に戻った。私1人と木が残されていた。しばらくぼーっと木を眺めていると、浮遊している木に花のつぼみが付き、遂には満開の桜となった。

とても綺麗な桜だった。気づくと感動の涙を流しながら自宅のベッドで眠っていた。私は起きあがり、机の上に置いてあったタバコを吸い、台所で水を汲み頭痛薬を飲んだ。

洗面所にはアシッドがちぎられた状態で置いてあった。空き瓶のウイスキーが転がっていた。時計を見ると、午後0時だった。

私は起こった出来事について言えるとすればそれは単なる現実でしかなかった。触感や目にしたもの、全ては受け入れがたい事であったが、私は見てしまったのだ。

自分の中で変わった所は無かった。体調も優れていた。私は白いシャツに腕を通し、黒いスラックスをはき、モッズコートを羽織った。